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オレはのことが好きで、は忍足のことが好きだ。その忍足には 相思相愛の彼女がいる。は、オレがのことを好きだと知らないし、 の想いがオレにバレているということも知らない。
だめだとわかっているのに、あきらめられない。
これ以上の関係を望んでいるくせに、今の関係もいとおしい。
もどかしい。
オレと、どっちが一番かわいそうで報われないんだろう。




「くらいやがれ景吾!」
の声が聞こえてちょっとしてから、パァンというボールが地面にバウンドする 鈍い音が聞こえた。
後ろを振り返ると、フェンスのところで蛍光色のボールが転がっていた。
今の入ってたか?と審判役をしていた忍足に尋ねると、にんまり笑っておおきく うなずいた。




「よっしゃ!約束どーり1ヶ月間ジュースおごれよ!」
放課後。テスト1週間前で部活のないテニスコートで、オレたちは勝負をしていた。5球勝負で、がオレに一点でもいれられたらジュースを1ヶ月間おごってやると いうものだ。
ラケットを振り回してが喜ぶ。
オレはボールを拾いに少しはなれたフェンスに向かう。後ろで、




「まさか跡部が負けるとは思わんかった」
という忍足の声がした。
オレだって思ってなかったよ。そんなこと。
考えごとをしていた。どっちが報われないんだろうと。オレとの。
答えはでた。たぶん、どっちもだ。
もう9月だというのに、太陽は衰えを知ないかのようにジリジリと紫外線を放出している。残暑。 そのうち燃え尽きんじゃねーの、太陽。ってくらい暑い。こめかみにうっすらと 汗が浮かんできた。




「やべーオレテニスの才能あるかも!どうしよう侑士!」
「いや、たぶんマグレだと思うでー」
「失礼な!」
「だって、体育2やろ」
「それは去年の話だろ。今年のオレは進化した気がすんの!」
「3にかぁ?」
「お前オレのことバカにしすぎ!」




(なーに仲良く話して ん  だっ  !)
ムカついたから、ひろったボールを思いっきり忍足に投げつけてやった。
ひゅんっ。むし暑い空気を切る音がする。
こいつはまじで運動神経がいいから、「うおぉっ」と驚いた顔をしつつも、体は余裕でボールを よけていた。
よけると思ってはいたけど、こうも余裕でよけられると腹が立つ。のこと を友達としか思ってないくせに仲良く話していると腹が立つ。
こんなのただの八つ当たりだって、わかってる。
ったくオレは何がしたいんだ。
焦燥感。それは確実にオレの心をすり減らしている。




「あぶないやん跡部!」
「景吾オレに負けてくやしーのー?」
「うっせぇ」
「やーんこわい。侑士たすけてー」
「ほなこっちおいでぇ」




忍足がを引き寄せたときだった。
テニスコートにふらっと細い白い足をした女子が現れた。
浅村沙希。オレはあんま話したことがないけど、 みんなそろっていい子だと言う。
目が茶色っぽくて、顔は普通に可愛い。
忍足の顔がぱっと笑顔になる。
あいつは忍足の彼女だから。
こういうのもあれだが、本当にお似合いだと思う。背の高さとか、 いっしょにいるときの2人の雰囲気とか。すべて。性格は違うけど、逆に それがちょうどよく感じる。




「まだ勝負やってんのー?」
「もう終わったわぁ」
「じゃあ帰ろ。どっちが勝ったの?」
ー!」
「え、うそ、すごいね!」




白い歯が日差しの中で光る。
浅村の笑顔はもっとまぶしい。
忍足の腕のなかにいるのはなのに、もう忍足の目にはは 映っていない。
せつない顔のと忍足を比べて見て、オレはひとり安心した。




「そーゆーことで、オレ帰るわ」
テニスのラケットをしまいながら忍足が言った。
浅村はテニスコートの入り口で学バンを肩にかけて待っている。


「ん、じゃーな」
「お前らまだテニスやるん?」
「どーする
「もうちょっとやってこ。な、いいだろ」
「別にいいけど」
「ほな。……あー、跡部」
「?何だよ」
こしょこしょ話をするように、オレの耳に手をあててきた。




「ほんまは手加減してたやろ?」




忍足はに聞こえない小声で笑っていた。
オレの気持ちを見透かした笑みだった。うそだろ。何で知ってんだよ。
ごまかしはきかないだろう。こいつは確信している。
むかつく。気持ちをしっていて、わざと面白がってじゃれあってたのか。
むかつく。
たぶん、の気持ちにまでは気づいてないだろう。気づいてたら、 いたずらにじゃれあうなんてこと出来ない。こいつは、そこまでひどくない。たぶん だけど。
青い空のなかに、ぽっかりと白く丸い穴があいている。太陽だ。
まぶたを閉じたら、紺色の残像が残っていた。








060910