2




雨だ。
昨日の残暑がうそみたいに、雨がふっている。
いつもなら車で登校なんだけど、今日は生憎運転手がカゼをひいて休んでいるため、 入学して以来何度目かの徒歩での登校だ。
家が近いから別に車で行く必要もない気もしないでもないが、もう慣れてしまった。 そういう過保護に。
カサをさしていてもみんなオレだとわかるらしく、追い越す氷帝の生徒に ものめずらしい目で見られる。




「おー景吾じゃん」
横から声をかけられた。
氷帝でオレのことを「景吾」と呼び捨てにするのはしかいない。
はカサを忘れたみたいで、シャツがずぶ濡れになっていた。
黒い髪が雨でまとまり、水がしたたっている。オレは色っぽいなと思ったのに、
ワックスで頭がぬるぬるする、と色気なくは笑った。




「こんな大雨なのにカサ忘れるとか信じらんねー」
「だって家でたときは降ってなかったんだもん」
は地下鉄で来ていて、最寄の駅で降りてそこから歩いている。たいていの生徒はそうだ。 たまにオレの登校時間とあえば、車でひろってあげたりする。
せっせと歩く生徒を尻目に車で追い越すのはけっこう気分がいい。
ちなみに忍足は寄宿舎に入っている。
きのう、浅村が「帰ろう」と言ったけど、それは学校の敷地内にある寄宿舎まではいっしょに。と いう意味だ。


「ふつーは折りたたみ傘とか持ち歩いてるだろ」
「今朝は入れんの忘れてたの!いつもは持ってるよ」
「いいからはやく入れ」
「ありがとー」




といっても、男2人が1つのカサにすっぽり入れるわけがなくて。
オレの肩とカバンは外にはみだして濡れてしまっていた。
はめちゃくちゃ濡れていたし、これ以上濡れてカゼでもひかれたら たまったもんじゃない。オレがやだ、そんなの。




「一時間目って何だっけ」
「は?あー…世界史だった気がする」
「うわサイアク」
「お前寝てばっかじゃん。ちゃんと勉強しろよ」
「むり!オレ世界史だけはむりなんだ。カタカナばっかでぜったい、むり!」
「テスト近いんだから」
「いーの。オレは数学にかけてんの」
「そういえば、数学できるよな」
「うん。天才だし」
「あーん?チョーシのんな」
「だって事実だもん」
「あっそ」




がほっぺたを膨らませたのがわかる。
オレはのこういう顔が好きだったりする。笑った顔や、怒った顔、 泣いた顔は見たことがないけど。色んな表情が見たいと 思う。せつない顔は、あんま好きじゃない。 忍足のことを想っている顔だから。
他愛のないことを話していると、すぐに氷帝の校舎が見えはじめた。
ここまで来ると生徒の数もぐんと増える。
オレたちに注目する人数も増えてくる。
オレとか忍足はテニス部に入ってるからかなり知名度があるけど、 部活に入っていないもなかなか知名度がある。「跡部と忍足と仲のいいカッコイイ人」みたい な感じで。




ちゃーん、おはよー!」
「おはよーございます」
「今日も可愛いなァ!」
「どーも」


にこっとが笑う。オレはあんまり先輩うけはしないが、こいつはものすごく 先輩うけがいい。とくに男の先輩。今声をかけてきたのだって男だ。は、 男に告白されたことがあるらしい。同性をひきつける魅力みたいのがあるんだろう。
……なんだかなぁ、男子校じゃないんだからここは。を好きになるのは オレだけでいい。
オレは後輩に声をかけられ、は先輩に声をかけられつつ、風紀委員がいる 校門を通る。ほんとうはシャツの第2ボタンは開けちゃいけないんだけど、みんな 開けているから「第2ボタンしめてください」と風紀委員があいさつのように繰り返す。




「仲がえーな、おふたりさんっ!」
ばんっと背後からせなかを叩かれた。
振り向いてみると、水色のカサをさした忍足が立っていた。メガネにすこし 水滴がついている。
仲がいいな、で気づいたけどオレたちはいわゆる相合傘をしてたわけで。あーだから 変に女子からの視線がきつかったのか。


「あ、おはよう侑士」
「おはよう」
「なんやぁ。二人はつきあってるん?」
「おれが景吾と?は、まっさかぁ…


「だとしたら、何だよ」


忍足が驚いた目でオレの方を見る。沈黙。オレたちの間にはカサにあたる雨の音と、 がやがやとうるさい生徒の話し声だけが響いていた。
これは忍足にたいする、オレが本気だという意思表示。
だからもうからかったりするな。じゃれあうな。こいつはオレがもらう。もしも、 ありえないと思うけど、忍足がのことを好きになったら困るから。




「ちょ、勝手にカップルにすんなって!」
沈黙をきったのはだった。
そう言ったとオレを交互にみて、忍足は、


「あーびっくりした。ほんまにつきあってるかと思った」
と言った。そして、ほんまじゃなくて残念やなーという目でオレを見た。哀れむ目。
むかつく。


むかつく。








060910