「またサボリやろかぁ」 後ろを振り向いて忍足がつぶやいた。 一時間目、世界史。教室にの姿はなかった。 休み時間のときは元気にはしゃいでたから、たぶんそうなんだろう。 お願いしまーす、やる気のない眠そうな声で日直が言う。 先生が空いているの席を指さして、オレの方を見る。はどこいった。 …トイレだと思います。なんだその言い訳は、と思うかもしれないが、保健室だと 言うと先生が確かめに行くのでトイレが一番いい。 世界史は相変わらずたんたんと進んでいく。雨も、相変わらずざぁざぁと降っている。 カタカナの人の名前と、文明の名前を覚えるだけの暗記だ。 手は黒板の文字をノートに写し取っているのに、頭はのことでいっぱいだ。 いつものことだけど。 不意に雨の音以外静かな教室で、ケータイのバイブの音が響いた。 先生は定年まじかで耳が遠いから、聞こえなかったようだ。生徒は そういう音に敏感だから、「誰だよ」とか隣の人とこしょこしょ話している。 ほんと誰だよ。電源くらい切っとけ。 10分後くらいに、またバイブの音が響いた。 先生はまったく気づく様子がない。だけど、みんなはさっき以上にざわざわした。 音はかなり近くからした。 またかよ。誰だよ。 と思っていると、前の席の忍足が振り返ってきた。 「ケータイ、跡部のやない?」 「はぁ?んなわけねぇだろ…」 学バンからケータイをとりだして、開こうとしたしゅんかん、3回目のバイブ音がした。 不本意にもオレの手のうえのケータイから。 『』と表示されている。 みんながオレの方を見る。跡部か。ちょっと迷惑そうな感じだった。 「やっぱり跡部や。誰から?」 「」 「何て」 「『屋上の入り口にいる』、『こっちこい』、『おい』だってよ」 「それで、行くん?」 けらけらと忍足が笑う。 オレは返事をしなかった。 そのかわり、 「先生、おなかが痛いんでトイレ行ってきます」 とケータイをズボンのポケットにしまいこんで、立ち上がりながら言った。 忍足はさらにけらけらと笑う。 まわりのやつらも、オレがのところに行くのがわかったみたいでくすくすと 笑っている。先生は、何も疑わず、「大丈夫か」とだけ言った。 「ほんま大好きやな」 「悪りぃか」 「別にー」 オレはとてもおなかが痛いとは思えないような、そんな速度で教室を あとにした。 ほんとうに大好きだな。のこと。 たとえヒマつぶしでも、忍足ではなく、オレにメールしてくれたのが うれしかったなんてもうどうしようもない。 060910 |