完全に夏は過ぎ去ったんじゃないだろうか。 ある日とつぜん雨が降りだして気温が下がって、秋がきた。 は去年と同じ指定外の紺色のセーターをはおりだした。 秋がきても、オレたちの関係は依然変わらないまま。オレの気持ちだけが 大きくなっている。限界がないみたいに、とめどなく成長する。ここまで くると自分で自分が怖くなってくる。諦めがちゃんとつけられるのだろうか。 「なんでオレまで残らなきゃいけねーんだよ、あーん?」 「しょーがないやん!オレ数学むっちゃ苦手なのしってんねんか。まじやばい。 試合近いのに部活出れなくなるわ!」 数学のテストで赤点をとってしまうと強制的に勉強会というものに参加させられ、 その間部活動は停止になる。忍足は立派な氷帝の勢力なので、練習に出れないのは かなりいたい。 「それは困るけどよ、」 「ならえーやん!教えて教えてー!」 「………はぁ」 はっきりいってかなりめんどい。オレだって自分の勉強あるのに。 ある程度数学がわかっているやつに教えるのはそれほど苦じゃないけど、 忍足がそのレベルに達しているかは疑問だ。 忍足は机のなかからプリントをとりだして、こっからでるらしい!と誇らしげに いった。 教室にはオレたちのほか誰もいない。そりゃそうだ、テスト前だからみんなはやく 帰りたいもんな。 「何、このプリントのどこがわかんねぇんだよ」 「ぜんぶ」 「ぜんぶっておまっ、はぁ?」 「え、えへっ」 「………」 「ちょっ!そんな呆れた顔せんといてー!」 「ちゃんと授業きいとけよ」 「だってわかんないから、きいてもやっぱわからへんもん…」 悪循環やー!と忍足は机につっぷした。こいつ元の頭は悪くねぇのに もったいない。 オレはとりあえず教科書にのっていることを、わかりやすく説明することにした。 応用問題はできなくても、基礎ができれば赤点は間逃れるはずだから。 オレの説明にのっとって、忍足がプリントの問題を解いていく。 最初真っ白だったプリントはだんだん綺麗な字でうめていかれた。 なんだけっこうスラスラじゃねーか。 こいつの頭がいいのか、オレの教え方がいいのか。 …そういえば、って数学得意だったよな。オレよりも。 前のテストで忍足がの点数をきいて「死ね天才!」と叫んでいたのを覚えている。 「お前さー」 「ん、」 「オレじゃなくてに教えてもらえばよかったじゃねぇか」 「んー…」 「あいつ数学得意だろ」 返事がなかなかかえってこない。 問題解くのに必死だからかと思っていたが、ワンテンポおくれて返ってきた言葉は とても意外なものだった。 「…ほらだって、なぁ?……オレのこと、なぁ」 忍足はうつむきながら困ったように笑った。 メガネの奥で長いまつげが影を落としている。 え、思考がいっしゅん滞る。まさか、こいつが。なんとなく恐ろしくなって 背筋がぞくっとした。いつから。いつから気づいてた? 忍足はプリントにシャーペンの先を走らせたままだ。 「お前気づいてたのかよ。あいつがお前のこと、好きだって、 それなのに――」 「期待させちゃかわいそうやろ?」 気がついたらオレは忍足の胸倉をつかんでいた。力いっぱい。 忍足の指からシャーペンが転げおち、プリントも床にまった。 蛍光灯のジジジジ、という音が響いている。忍足が心外そうな顔をした。 「何怒ってんの。跡部はのことが好きなんやろ?協力してんやで。 そんなに怒ることないやんか」 そうだ。忍足の言う通りだ。怒ることなんてないのだ。 忍足がオレに協力してくれるのが、一番オレにとって いいに決まっている。だけど、 なんでこんなにイラつくんだろう。納得がいかない。どうしても、 が忍足を見つめるあのせつない顔が頭から離れない。 忍足がオレに協力して、オレはひとり安心して、それで、それで……― ――の気持ちはいったいどうなる? 「……頼んでもないことすんじゃねぇよ」 「え、」 「オレはオレの力でを手にいれる」 「跡部…」 「オレはお前が思ってるより、ずっと真剣だ」 ……そやったな、うん。跡部は真剣やもんな。 忍足が笑いながら言った。 の気持ち、オレの気持ち、忍足の気持ち。 みんなそれぞれ大切で、できれば傷つきたくなんかない。 だけどそんなのムリだってわかってる。変わらなきゃならない。 オレは忍足の胸倉から手を離した。ごめん、と呟いて。 060923 |