外はもうだいぶ暗くなっていた。
蛍光灯の光がチカチカする図書室で、俺は本を読むわけでもなく、勉強するわけでもなく、ただあいつを待っていた。
ただっ広い図書室にはチラホラとまだ生徒が残っている。沈黙の空間。誰も何も話さないけど、みんな顔みしりだ。 クラスも学年も知らない人たちだけど。あいつとつきあいはじめてから1年間、 俺は放課後ずっとここにいる。




っ悪りぃ、おそくなった」
跡部がさっそうと図書室の中に入ってくる。いつものことなので、みんなは特に驚かない。本から顔をあげて、 視線を軽くむけるだけ。




「いいよいいよ。はやくかえろう」
俺がふんわり笑ってあげると、跡部は安心したように「おう」と言った。
ふだん跡部は、人前でこんな表情はしない。だから俺はこの瞬間がたまらなく好きだ。俺だけが知っている、 俺だけの跡部みたいで、そう、好き。













「跡部さ、来週の土曜日ヒマ?」
「え?部活あるけど」
「…そっかぁ、うん、わかった」




映画いっしょに行きたいなァなんてひそかに計画を立てていた俺は、軽くがっかりした。 や、別にいいんだ。だって跡部ぶちょーだし、忙しいじゃん?わかってるって、そんぐらいは。 わかってるんだけどやっぱヘコんでしまう。 頭で理解していても心がおいつかない。 自分でもいちいち面倒くさいやつだと反省している。




「何かあんのかよ」
「や、別に……ちょっと跡部がヒマならなー…って思ってただけ」
「…そうか」
「うん」




外は図書室の窓から見ていたより、ずっと暗くなっていた。星も鮮明に輝いている。




「手ェ」
「あー…はいはい」




跡部の右手に俺の左手を、重ねた。
跡部の家と俺の家は正反対で、なのにいつもこうやって送ってくれるところに、恥ずかしいけど「愛」を 感じてしまう。バカみたいに。
俺だって毎日3時間も跡部の部活が終わるのを今か今かとまっているけどね。つまりは、相思相愛。













俺の家は人が言う「閑静な住宅街」にあって、氷帝から徒歩10分。
3時間もまっていてたった10分しか一緒にいられないって馬鹿みたいと思うかもしれない。 こうでもしないと、きっと俺らは離れていっちゃうから。 部活をしている跡部としてない俺、クラスも違えば、家の方向も逆。 無理矢理にでもいっしょにいたい。離れたくない。
今日の跡部は無口だなって思っていたら、跡部はあまった左手でメールを女子高生みたいな 速さで打っていた。
ムカついたけど、 (あとで打てばいーじゃん。メールなんて)なんて言えなかった。なんとなく。




いつもの道を通って、いつものように10分。いつものようにもの寂しさを抱えている俺。
「もっといっしょにいたい」って言えたらいいんだけど、まだ一度も言えないでいる。
甘えたいけど甘え方がわからないのだ。
わがまま言ったら嫌われるんじゃないか、とか、跡部はそんなことで嫌わないって知ってるのに 遠慮をしてしまう。好きなのに。




家の門の前につくと、跡部の右手と俺の左手は、何の合図もなしにするりとはなれる。
俺の左手はちょっと汗ばみ、あたたかくなっていた。




「じゃーまた明日」
俺は家の門の前で、ひらひらと手を振る。ものわびしさを抱えながら。
門を手で押して開いたところで、「、」跡部に呼び止められた。




「来週の土曜日、やっぱヒマだ」
「…部活あるって言ってなかったっけ?」
「言ってたけど、なくなった。つぅか、なくした」
あっさりと跡部は言う。なくしたってオイ。そんなんでいーのかよ。




あ。




「さっきずっとメール打ってたのって、」
一人ごとのように呟いた俺の言葉をきいて、跡部は不機嫌そうにこう言った。




「お前以外の誰のためでもねーよ」




さらっとこんなこと言っちゃう跡部がおそろしい。と思ったのと同時に俺の顔が急激に 熱くなってゆくのをリアルに感じた。暗いせいおかげで、バレてないと思うけど。


「くさい!そのセリフ」と俺は照れかくしに笑ってやった。










放課後ランデブー








(20060728)
跡部は「来週土曜の部活中止だから」というメールを部員に送ってたわけです。