?まだいたのかァ」
少しまのぬけたひくい声がきこえたから振り向いてみると、教室のあいたドアのとこに銀八先生が、 夕日が眩しいみたいで目を細めて立っていた。






「今、かえるとこだから」
俺がもうボロボロになった机のうえの学バンを持とうとした。
「えっ…いいよ、まだかえらなくて。ちょっと先生としゃべろう」
「え?あ、うん」






夕日に染まった教室に、キチンと並べられた机とイス。黒板にはでっかくカラフルなチョークで、「卒業おめでとう」と書かれ ていた。
明日は卒業式だから。




先生が俺の後ろの席にすわる。すわったしゅんかんに、タバコのにおいが漂ってきた。あと、甘いにおい。
しゃべろう、って言ってきたのは先生のほうなのに、なんもしゃべんないよ、この人!
沈黙がすごく気まずかったから、俺は窓の外をボンヤリと眺めた。






「俺らが卒業しても、先生ってこの学校にいんの?」
しょうがないから、俺が話しかけてあげた。
「や、お前らといっしょに卒業」
「うっそ。何やらかしたの?セクハラ?」
「ちげぇェェエ!!ただの転勤だ!て・ん・き・ん!」
「ははは!」






また、沈黙。放課後の教室はすごくしずか。救急車の「ピーポー」という音が遠くから聞こえてきて、 近づいて、また遠くへ行った。






「なーんか」
先生がぽつりと言った。
「ん?」
「さみしいな」
「うん」
「ほんと、やんなっちゃうわ」






そうか。先生は俺ら以外にも、何百人っていう生徒を送ってきたんだ。きっと、こうやって俺らが大人になっていくのは うれしいんだろうけど、それと同時にものすごくさみしいと思う。
何百人って送ってるのに、そのあと会いに来てくれる生徒は、たぶん少ししかいない。




後ろで「グス…ッ」と鼻をすする音が聞こえて、なんだか振り向いてはいけないような気がした。
俺がさみしいと感じてる以上に、この人はさみしい。




いつのかにか、夕日というよりは、黄昏というふうに教室は染まっていた。
教室からみる窓の景色も、
シャーペンの芯で汚れた床も、
先生と俺も、






涙ってうつるから、きらい。






俺は振り向きもせず、金融会社の広告の入ったティッシュを先生に押し付けた。
先生はかすれた声で、「あ」なんて言う。このかすれた「ありがとな」は一生わすれられないと思う。








俺はあした卒業する。












20060214
20060403/修正