行きたくないから、行かない。 なぜだかわからないけど、もう、行きたくない。 「なんで学校来ないんですかコノヤロー」 わざわざ出してあげた麦茶に目もくれず、銀八先生は言った。 オレはソファーの上で体育座りをしながらだまっていた。 銀八先生とオレの間にはテーブルひとつ。 「…行きたくないから」 「なんで行きたくないの、」 「わかんない」 はぁ、というため息が前方から聞こえた。 そして抜き打ち家庭訪問から15分すぎた今、先生はやっと麦茶に手をのばす。 ごくごくと太いのどぼとけが上下に動く。 うつむいたら、縮こまった自分のつまさきが見えた。 「3Zに限ってそんなことは無いと思うけどよォ、」 次に続く言葉はだいたい予想できる。 いじめ。 「いじめられてんのか?」 ほらきたと思いつつ、オレは「ちがう」と答えた。 銀八先生はまた大きなため息をつく。 オレが世間一般にいう不登校になったのはほんの3週間前。 もっとも入学してから高3までずっと皆勤で、クラスの中心的存在のオレだから、 担任の銀八先生は「なんかあったのか」と思ったらしい。 それはほんとにオレのことを心配しているのではなく、先生としての義務なのだ。 それにしても抜き打ちの家庭訪問には驚いた。 沖田とか、土方とか、近藤とか、山崎とか、放課後にウチに寄ったりしてたけど、 まさか先生が来るとは思ってなかったから。 「ところで親御さんは?」 「共働き」 「…そう」 「でもちゃんとオレが不登校ってことは知ってるよ」 「何も言わねーのか親は」 「言った」 「何て」 「だから公立はやめなさいって言ったのよーって、」 「…はぁ」 このままの状態が続けばオレは私立に編入させられる。 別にいいのか、悪いのか、それすらもわかんない。 でもどうでもいいってわけじゃない。 銀八先生は困り果てたあげく、ぽりぽりと頭をかいた。 「じゃあオレはそろそろ帰るわ」 「うん、わざわざありがとね。今日」 「ありがとなんて思ってもみねぇこと言うなよ」 「……ばれたか」 「ばればれだっつーの」 「うそだよ、ちょっとうれしかった」 「あーハイハイ」 のそっと立ち上がる銀八先生といっしょにオレは立ち上がる。 一応お客様だし玄関くらいまでは送らないと。 居間から廊下、玄関につくまでのあいだ2人とも何も喋らなかった。 ワックスをかけたばっかりのフローリングはムダに滑るし、光っている。 「先生車で来たの?」 「や、バスで」 「バスの時間わかんの」 「わかる、あと2分」 「えーっ走んなきゃ」 「おう」 この会話を終わらせる前に銀八先生はクツをはき終えてた。 「とりあえずよ、来週から中間考査はじまっから、」 そう言いながら、かなりの厚みを重さを持ったルーズリーフの束を右手に握ってあった 黒いカバンからとりだした。 そしてオレに差し出す。 重…っ すごい量。 3週間ってこんなに大きかったんだぁー、と冷静に他人みたいにびっくりした。 「おじゃましましたァ」 「はーい」 「学校はやくこいよ」 「……」 ぺこっと銀八先生がおじぎして、ゆっくりとドアがしまる。 カチャ、わずかな音がした。 オレはとりあえず先生にもらったルーズリーフの束を一枚一枚見てみる。 これは数学、英語、生物…と国語。 それにしてもこの汚ねー字。 行いっぱいいっぱいに細かく、ミミズみたいな字がびっしりつまっている。 ってかこれって………銀八先生の字じゃん。 うそだろ…? べらべらと紙がやぶけるんじゃないかってぐらい高速でルーズリーフの束をめくる。 おどろくことにぜんぶ銀八先生の字だった。 突然の家庭訪問と、ルーズリーフ、学校にこい。 銀八先生に関するワードがすべてつながる。 だって、これ土方とかのノート写させてもらったんでしょ? テスト問題つくらなきゃいけなくて忙しいのに。 しかもこの御時世に手書きで。 オレのために。 義務でやってたことじゃなかったんだ、 オレのこと、ほんとに心配してくれてたんだ、 なんていうか…… オレはいてもたってもいられず、はだしのまま玄関のドアをひらく。 銀八先生は家の門をちょうど出たところだった。 「せ、先生!」 「…あ?」 大声で叫ぶと、先生はゆっくりと振り向いた。 胸がばくばくする。 たった一言つげればいいだけなのに。 「学校」 「あぁ」 「………行くかも」 「まってる」 オレは玄関のドアをしめた。 20060611(モンブラン)(ったくオマエがいないと3Zじゃないんだよ) |