ぬき足さし足しのび足。そんな言葉を頭ん中で繰り返しながら、俺は一生懸命机に向かっている
の背後に忍び寄った。 「なーにやってんの?」 の小さな耳の近くでボソっとつぶやくと、 はガタッと机をならし、筆箱ごと床に落とした。筆箱は開いてた みたいで、シャーペンやら消しゴムやらがたくさん散らばった。 今は昼休みで、我がクラス3−Z組の連中は冬にもかかわらず、バカみたいに外に ドッヂボールをしにいった。教室内には、俺とのふたりだけ。ストーブが がんがん燃えている。 「おっどろいた…!何すんだよ」 顔を赤くしながら不機嫌な顔して振り向いた。耳を手でおおいながら。 (フーン、耳が弱いのね) 「ごめんねぇ、俺が拾ってやるよ」 「あたりまえだろーが。てゆうか、ニタニタすんなきもい」 「(きもいって…!)ニタニタしてた?俺」 「ええ、おもいっきり」 「だってが可愛い反応するからじゃん…」 なんつった?今。なんもいってませーん。…あっそう。 の筆箱の中身は「シンプルイズベスト」を地でいっているような感じで、 赤ペン。青ペン。黄ペン。消しゴム。定規。それだけしか入ってなかった。で、すぐ拾い終わった。 「はいよ」 筆箱のチャックをしめて、床に座り込んだ状態から腕を伸ばしの机の上に置く。 「ありがと」が言う。いや、俺が落としたようなもんだし…。 「んで、何やってんの?」 の机の上にはピンクの色画用紙がのっている。あと、ポスカ。 「委員会のポスターかいてんの。今日までだから」 「へぇ。えらいねぇ」 「…べつに」 かすかに耳が赤くなった。(ほめられんのも弱いのか) 俺はの前の席に座って、仕事の様子をまじまじと見る。このうつむいた感じが なんともいえない。とりあえず、美形はどこからみても美形だということはいえる。 こうやってみるとまつげ長げぇなオイ。 「ジロジロみんな」 「お前美形なんだからいいじゃん。ケチんなよ」 「美形じゃないし。それに先生にみられるとなんかキンチョーして字かけない」 黙々と作業を続けている。下書きが終わったらしく、シャーペンで書いたきれいな字を 黒のポスカで上からなぞりはじめた。 「…なんで俺に見られるとキンチョーすんの?」 少しまがあって、は「さぁ」とそれだけ言った。 俺の心臓はマッハで鼓動を打ち、あまい血液は体をめぐる。 どくん 「俺のこと好きだからじゃない?それは」 どくん 「好きじゃねーよ。ありえないし」 どくん そう冷たく即答され、俺がけっこう傷ついたと同時に 昼休み終了のチャイムが鳴った。だけどはおかまいなしに作業を続けている。 ガヤガヤと廊下の遠くの方から3−Z連中の声が聞こえてくる。 総悟てめぇェェェェエ!!! 土方さんがのろまだから悪いんでさァ 寒そうアルね! 寒いに決まってんだろうがァァア それよりさ… それよりじゃねーーよっ!おいコラ山崎! 連中の声がだんだん近くなってくる。バタバタした足音もきこえる。 ふいにが 顔をぱっとあげた。ポスカのふたをしめ机にたて、真剣な目で俺の目をまっすぐに見る。 俺はその目にバカみたいに動揺して、なんだか泣きそうになった。 いや、なんでこんなことで俺はガラにもなく……あーっ本気だったんだ俺。 の整った顔が近づいてきて、ベビーパウダーの香りが鼻の奥をかすめる。そのまま、触れちゃう んじゃないかってぐらい俺の耳元に口をよせた。 「うそ。好き」 こらえきれなかったように、はははとこいつは笑う。 本当はキスしてやりたかったけど、連中が教室に戻ってきたから、 俺はただの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でてやった。 |