夏休みもあと3日。 少し雲行きのあやしい今日、3時半。 父さんは仕事、母さんは友達とどっか行っていて、姉ちゃんは彼氏とデート。 おれは朝からひとりの時間を満喫していた。 居間のソファーで足を伸ばして横になるなんてこと久しぶりで( いつもは姉ちゃんと取り合いになって、負ける) テーブルには山積みのマンガと、ポテチとメロンソーダ。 エアコンもおれ好みの23℃に設定した。 ゆったりとした時間をすごしているとき、静かな部屋に電話の音がひびいた。 おい誰だよ。せっかくいいとこなのに。 最初はムシしようと思ったけど、ずっとコールが鳴りっぱなし でうるさいので、しぶしぶ体をおこして受話器まで歩く。 「はい、もしもし。土方ですけど」 『あートシぃ?おれだけど、』 聞き覚えのある、少し高めのなめらかな声が受話器から聞こえてきた。 「か?え、なんかあったの」 『なんつーか、ねぇ。おれさー…』 街の中を歩きながらかけてきてるのだろう、がやがやと、色んな人の声と車の 音がきこえる。 「うん」 『……別れたんだ、あいつと』 「ふーん………って、えぇ!?」 『とにかくそーゆーことだから、今からちょっとお前ん家いっていい?』 「いいけどよ、ってかおい、まじでかよ…え、ちょ、おま…ッ、別れたって、」 『んじゃー待っててね』 「え?あ、うん、あぁ…」 ブツッ(電話の切れる音) …えーと、 ……えーと、 別れた のか、 突然の幼馴染からの電話。衝撃的な内容。 それがおれにはとても、信じられなかった。 だって、が中学から4年間も片思いした相手なんだぜ?( それで高1の夏につきあいはじめた) やっとのことで手にいれた彼女で、おれから見ても可愛くて、 さばさばしてて、でも気がきいていて。 なにより、すっごい仲良かったじゃん。 ずっといっしょな気がしてた。当然結婚とかすると思っていた。 2人は誰よりもお互いを大切にしていた。別れるはずなどないと思った。 だけど、別れてしまった。 なんでだよーわっけわかんね、 おれはソファーにふんぞりかえって座った。天井をあおぐ。 心はずっと、そわそわしてた。 ------------------- どのくらいこうしていたのだろう、ガチャと玄関がゆっくりひらく 音がきこえて、おれはソファーからころげおちるようにおきた。 うっわおれ慌てすぎだから。 いそいでソファーに座りなおす、できるだけ平然を装って。 「よっ」 が居間に入ってきた。 目があってふわっと笑う。 いつもどおりの、明るい声。何もなかったような、別れたなんて感じさせないような。 「よっ、じゃねー!!!」 もっと落ち込んでるかと思ったじゃねーかよ、心配しちゃったじゃねーか! おれは気がつけばにプロレスの技をおみまいしていた。 そのとき、気づいたこと、 …こいつ、少しやせた? 元々ほそかったけど、さらにほそくなった。前にこいつが勝手におれのマヨネーズを 食べたときも、プロレスの技をおみましたけど、こんな感触ではなかった。 「ちょ、ギブギブ!」 だからなんとなくこわくなって、いつもならギブなんて認めないけどすぐに 開放してしまった。 「……なーんてなっ」 馬鹿だった。開放なんてしなきゃよかった。は すきをついておれにプロレス技をかえしてきた。 「お前ずりーっ!ギブギブギブ!」 「誰がやめるかー」 「ちょっ、」 そのままソファーにもつれこむ。 がおれを押したおすようなかたちで。言っておくが、おれたちは そーゆうカンケイではない。 けらけらと色気のない笑い声をだす。「トシがおれに勝とうなんざ」 「「100年はやい、」」 これはのくちぐせだ。 小さいころから剣道やかけっこ、何かの勝負のときにいつも言っていたからもう 覚えてしまった。 なつかしくなって、大声でおれたちは笑った。 幼稚園も小学校も中学も高校もいっしょだったけど、高校にはいってはあいつと付き合うように なって最近はあまり前みたいに遊んでいなかったから。 ------------------- 「…で、なんで別れたの」 「………あー雨ふってきた」 「おまっ外みてないでマジメに答えろよ」 「だっておれカサもってきてないんだもん」 「雨が止むまでうちにいればいいだろ」 「ん、ありがと」 「……じゃあ、どっちがフったの?」 「おれ」 「お前かよ!で、なんで」 「…実はさー、フった理由とか誰にも言ってないんだよね」 「……あいつにもかよ?」 「うん、そんで、トシだけになら言える気がした」 たらりと嫌な汗がこめかみを流れる。 むかいのソファーに座っているは、さしだしたメロンソーダをストローで かきまぜている。氷とコップがぶつかる音がひびく。 あと、雨が家をたたく音も。 なんとなく、ろくな理由ではない気がしてきた。 空気とか、の状態とか、すべてが、良くない方向を示唆してるようだった。 沈黙が痛い。 「おれ、転校するんだ」 ほら、全然ろくな理由じゃない。 「は……」 「だから、別れた。遠距離恋愛とかでさみしい思いさせたくなかったし」 「ちょ、おい、」 「おれなんかで縛りたくなかったし」 「…おい、」 転校するって、が。 「が転校する」、この言葉がおれの頭のなかをかけめぐる。 急な展開すぎて頭がパンクしそう。 いやだ、そんなことがあっていいはずがない。あいつを残して、が 転校なんてことあっていいはずがない。 「うそだ、」 思わずつぶやいてしまったけど、うそじゃないってこともわかっていた。 だって、今にも泣き崩れそうな顔をしてるし、真剣な目をしてるし、 笑ってもいないし、本当だ。が転校するというのは。認めたくなかったけど。 だけど、うそだったらどんなに良かったんだろう。 「……うそだよな、」 「トシ、」 「うそに決まってるよなぁ」 「トシ、」 「うそだって言ってくれよ、なぁ」 「ごめん、トシ」 「おれそんなのひとことも聞いてねーし」 「だから、今いった」 「いつすんの」 「夏休み明けにはもういない」 こいつがやせたのは悩みすぎて食欲がなくなったとかだ。きっと。 昔からそうだ、こいつはひとりで全部考えて、なにも言ってくれない。 悩んで、体こわすことだって前にもあった。 そしておれは、がそういう状態になるまで、何も気づいてやれないのだ。 いつだって。幼馴染なのに。 「…トシにお願いがあるんだけど」 「なんだよ」 ほとんどもう泣きそうになりながらおれは返事をした。 「おれが転校したら、あいつのそばにいてやってほしい」 「さみしい思いさせる、から?」 「うん」 いつだって、はあいつのことしか考えてない。 せつなくて、苦しくて、死んでしまいそう。 いつだって、おれはのことしか考えてないのに。 「なんなんだよ、お前は」 「トシ?」 「おれの気持ちも考えろよ、」 一番つらいのはのはずなのに、なんでおれは怒鳴ってしまうんだろう。 一番泣きたいのはのはずなのに、なんでおれは泣いてしまうんだろう。 「おれもさみしいってこと考えろよ!」 こいつは知らないだろうけど、おれだってあいつと同じくらい、いやそれ以上に お前のことを思っていた。 とあいつがつきあうと知ったとき、なぜか心が痛くなった。 ごめん、実は別れたって電話できいたとき、おれ、 うれしかったんだよ。 「おれだって…」 お前のこと好きなんだよ、って言いそうになった。 でもそうしたらのこともっと傷つけることになるだろう、と いう考えが頭のなかをふっとよぎった。 は大きな瞳に涙をうかべてじっとおれを見ていた。 さっきまで降っていた雨も、もうすぐやみそうだ。 「…ごめん、言い過ぎた」 「そんなことねーよ」 「……」 「なぁ、トシぃ」 「ん?」 返事をしたと同時にが抱きついてきた。 ほそい肩が震えている。 こいつの弱さをはじめてみた気がした。 「雨もうすぐやんじゃうのに、どうしよう、おれ、ずっとここにいたいよ」 おれは、が壊れてしまわないように、そっと抱きしめた。 さみしさをこすり合わせても、何もうまれないことに気づいてたけど、一瞬の甘さに酔いしれるのだ。 20060808(ろみさんの言葉を少し拝借/久々の更新なのにわけわからん小説ですいません) |