あああああああああああああ泣きそ、   う
そう思ったときには、もうあとの祭りで、涙がびょおびょおとあたしの 頬を首筋を手の甲を、流れていた。
水で濡らしたひんやりと冷たいタオルを、無言のまま銀八先生は差し出してくる。
こんなん目の上に乗っけたらアイプチとれるだろーが、と心の中で悪態をつきながらも 素直にタオルをまぶたに押し付けた。




「落ち着くまでここにいろよ」
うん、とあたしは声を出さずにうなずいた。
すると銀八先生はソファを立って、保健室をあとにした。
あたしは泣くために保健室に来たんじゃない。ただ、あの子と銀八先生が抱き合って、 何の合図もなしに引き合うようにキスをするところを目撃しちゃって、どうしようもなく 心がつぶれそうになったから来たのだ。
さっきまであの子といたのに、あたしが保健室につく前に銀八先生は濡れたタオルを 用意してここにいた。
まるであたしが来るのをわかっていたように。
やっぱり、先生はあたしの気持ちに気づいてたのかな。




あたしとあの子は別に友達でもなんでもない。
出身中学も違うし、クラスだって3年間一度もいっしょになったことがない。
だけど、あたしの視線の先にはいつも銀八先生がいて、銀八先生の視線の先には いつもあの子がいただけのことだ。
それはあたしの失恋を意味した。




生徒と先生の恋愛なんて、ドラマやマンガだけの話で、実際に恋したとしても 成立なんて絶対しないと思っていた。ありえない、と。
だけど、あの子はそれをみごとやってのけた。
あきらめようって何回も努力したよ。
あたしに望みなんてこれっぽっちもないってわかってるよ。
わかってる、わかってる、わかってる、




それでも、好きになることはやめられない。




がらがら、と保健室のドアが開かれた。
タオルで目をおさえているから見えないけど、 タバコのにおいとお菓子の甘いにおいで、すぐに銀八先生だってわかった。
そして足音はあたしの前で止まった。




「ほら」
まぶたからタオルをはずす。
きっと腫れぼったくて、鼻も真っ赤になっているだろうけど、もう何でもいいや。
銀八先生が差し出してきたのは、あたしの大好きな午後ティー(レモン)




「え…なん、で」
これ好きなんだろ」
「そう、だけど…なんで先生が、知ってるの」




受け取りながらあたしは質問した。
ストローを伸ばして、パックの丸い銀色の部分に差し込む。
銀八先生はあたしの隣に座った。
大好きだった先生のにおいも、今はただあたしを悲しくさせるだけだ。




「あいつは、オレの片思いだった」
「…………はい」
「だから―――」




先生は消えるような声で嘆いた、
ごめん
と。




この午後ティーは銀八先生のせめてもの謝罪。
嫌だよ、
まだ好きなんだよ、先生のこと。
こんなことされたら、片思いだった、なんて言われたら、あたし、あきらめる しかできないじゃない。




午後ティーはあたしの体内にいったん吸収されたあと、また涙となって出てくる だろう。銀八先生のおかげで。サイアクな悪循環だ。












07/01/11(午後ティーの循環)