一時間目は古典の授業。 ほとんどの生徒は寝るか、起きていても内職をしたりケータイをいじったりしていた。 あたしも普通ならそうしている。 しかし、今は普通の状態ではなかった。 教室にツナたちがいないのだ。 3つ縦に並んだ空白の席。頬杖をついて見つめる。 ツナは成績は悪くても、古典の授業をマジメに聞く貴重な生徒だった。 あいつらと仲良くなって、ツナは変わってしまった。 今どこで何をしているのか、心配で仕方がない。ノートの端に意味のない 落書きを繰りかえす。 授業開始から30分たってもツナたちは現れない。 落書きはいつのまにか、ノート1ページにも及ぶ大作になってしまっていた。 右手の側面がシャー芯でまっくろに汚れてきたない。 あとで手ェ洗わなきゃ、と思いながら開いてある教科書のうえに頬を乗せた。 インクのにおいがする。私はこのにおいが結構好きだ。 ――小学校のときツナにそう言うと、 それやばいんじゃない? と声がわりのしていない可愛らしい高い声で笑われたことを 思い出した。 自然とため息がでる。胸のあたりがくるしい。 どの過去をさかのぼってみても、いつもそばにツナがいて。 (頼られてたつもりが、あたしがいちばん依存してんじゃん) あたしだって、好きでこんなにうじうじしてるわけではない。 もっとこう、サバサバ系だったよ。サバサバ系。 「国破れて山河あり 城春にして草木深し――」 ガラ――ッ 先生の声をさえぎって、教室の後ろのドアが開かれた。 マジメに授業うけてた子も、ケータイいじってた子も、寝てた子もいっせいに 振り返る。 私はちょうど後ろのドアの目の前の席だったから、教科書に頬を乗せたまま、 視線だけ動かした。 心臓が激しく収縮する。 山本と極寺と、なぜかジャージ姿のツナ。 朝きたとき制服だったじゃん。 もう気軽に話しかけれる関係ではないので、その疑問は胃のなかに呑みこんだ。 ツナと目があう。 今度はあたしから視線をはずした。 「すみませーん、遅れました」 山本がいつものへらっとした笑みを浮かべる。 遅れてきたのがこの3人だとわかると、後ろを振り返った生徒たちは前を向きなおし、 それぞれの作業に戻った。 「今度から気をつけるんだぞ。はやく席につきなさい」 「「「はぁーい」」」 どくんどくん、心臓の音がうるさい。 先生は3人が席につき、授業道具を出すのを待ってからまた授業を再開した。 「国破れて山河あり 城春にして草木深し――」 あたしはこの漢詩を知っていた。 なぜなら、塾で予習していたからだ。 杜甫の「春望」。意味は、春の眺め、だ。 廊下側の席だからか、あたしの席からは春の眺めは見えない。 くに やぶれて さんが あり しろ はるにして そうもく ふかし ――戦争に負けて街がぼろぼろになっても、何事もかったかのように、自然は 春をむかえる―― ただそれだけのことなのだ。 何かが欠けても日常はくるくるとまわり続ける。 ぽっかりと心に喪失感をかかえながら。同じリズムで。 だから、春なんてこなければいい。 070410春の眺め |